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ミッション・トゥ・マーズ、タクシー2MI-2ホワイトアウトX-メン五条霊戦記風を見た少年インビジブルスペースカーボーイエクソシストバトルロワイアル

2000年度後半 観賞作品
タクシー2
制作・脚本のリュック・ベッソン。
改造タクシーを駆るスピード馬鹿のダニエルは、恋人の父親が軍人だったばかりにひょんなことから、日本の防衛庁長官の護送をすることに?襲い掛かる日本のテロ集団、間抜けな刑事の相棒、セクシーカンフー女性警官・・・とのくんずほぐれつのドタバタ・カーアクション・コメディー!
cover「ニンジャ〜!」の掛け声で起動するお間抜けハイテク護送車をはじめ、様々な車が疾走衝突大破のカーアクション。それをも霞んでしまうほどの超お馬鹿ドタバタギャグの連発!明らかに故意に日本文化を勘違いしてみせるのも、ここまでやられれば何でも許そう!
いやもう、どれもこれもお決まりギャグなんですけどね。やったもん勝ちってやつですね。北野監督のギャグ物よりよっぽど気負いが無いかも。
レオンのリュック・ベッソンは忘れましょう!(笑

残念ながら私は車について不勉強であまり多くを知らないんですが、カーマニアの人にとってはさらにさらに見処いっぱいだったみたいですね。(^^
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ジェラール・クラヴジック監督
サミー・ナセリ
 
MI-2
新ミッション・インポッシブルの第二弾
主人公イーサンと元は同じ組織にいた悪の元絞めアンブローズによって、凶悪なウイルス兵器が奪われた。イーサンは、アンブローズの元恋人ナイアを仲間に引き込んで、ウイルス奪回の戦いがはじまる。
coverんーなんかあんまり言うことないです。十分面白かったし、お金を払った分は楽しめたのは間違いないんですが。まあ、まさにジェットコースター映画ってわけで、すっきり楽しんだらもう後は忘れちゃっていいみたいな。でも、オープニングシーンの休暇でロッククライミング中のイーサンが呼び出される辺りは印象的でした。

ミッションインポッシブルは何十年か前にTVドラマシリーズとして創られたもの。日本では「スパイ大作戦」という題名で放映されました。このドラマ、お約束のパターンがあリまして、「張りボテのセットの中に敵を連れてきて、まんまと騙した直後に、張りボテが崩れる・・・」みたいなのが、ほぼ2〜3回に1回はありました。
映画のMIシリーズも、いつかこのスパイ大作戦へのオマージュを盛り込んでくれたら幸せなんだけどなぁ。
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ジョン・ウー 監督
トム・クルーズ
トム・クルーズ
ヴィング・レイムス
アンソニー・ホプキンス
オフィシャルサイト
ホワイトアウト
過去に親友を事故で失った責任を重く胸に抱き続けていたダム職員の富樫。真冬の豪雪の中、巨大ダムは突如テロリスト達に占拠される。唯一脱出しおせた富樫は、たった独りでテロリスト達から人質を救い出す決心をする。

割と期待してたんです。
でも・・・まあこんなもんかなぁって感想。
とにかく全編通しての暗さと重さにはへきへきとしました。豪雪の冬山が舞台なので、あたりまえと言えばそうなんですが・・・なんかこう、息が詰まりすぎ。
前評判で和製ダイハードなんて言葉もありましたが、ダイハードは息詰まるエピソードの一方、ちゃんと各所で息抜きを用意してましたよね。主人公がひたむきな姿はいいんですが、ずーっとそればっかり見せられてもなぁ。映画館には”楽しむため”に来てるんだってことを忘れてやしませんか?終幕シーンでまで重苦しいダムの全景で引かれた時には、最後くらい勘弁してくれよと思いましたぜ。(笑
エンターテイメントなら、客をスカっとして帰して欲しい。そうじゃなく、人間ドラマなんだ!っと言うのなら・・・それにしちゃあ描ききれてないし。

ちなみに織田裕二さん、豪雪をかきわけての大変な撮影を頑張っておられました。あそこで頑張りすぎて、ロケットボーイで腰にきちゃったんじゃあないかと思うんですがいかかでしょう?(^^;
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若松節朗監督
織田裕二
松嶋菜々子
オフィシャルサイト
五条霊戦記
京の五条大橋に鬼が現れては人を斬るという。元荒くれ者で今は仏門に帰依する弁慶は、鬼を退治するよう仏のお告げを受けたと言うが・・・・。
coverまず苦言。最近の邦画って、なぜこうもヤカマシイんでしょうか?
最初っから最後まで剣の打ち合う音がキンキンギャンギャンうるさいのなんの。それにも増して気になるのが、台詞のヤカマシさ。なんか近年の邦画って、やたら怒号とか大声でごまかしてるとこありませんか?洋画でヤカマシク思ったことないもんなぁ。青筋立てて腹の底から大声で台詞言わせりゃかっこうが付くってもんでもないでしょうに。
なんか観客をどうかつしてるみたいで良い気持ちしないです。

さて、この映画観終わって私は一言「難しい映画だね。」と。すると、一緒にいたある人に「え?わからなかったの?簡単な話じゃん。」と一笑にふされてしまいました。が、彼は私が難しいと言った意味が分かってないんですよね。理系の彼が言う映画の「分かる」とは、筋書や人物の相関関係が理解できるかということなんですよね。
映画の観方は色々あるようで、たとえばマニア(?)のY氏とかは、話の筋書も作者の主張も二の次みたいで、撮り方、観せ方、役者の面白味等に興味の大半が向いているようです。

私がこの映画で難しいと感じたのは・・・
主人公の弁慶は闘争の日々から阿闍梨によって仏の道へ拾われた・・・この物語は弁慶の魂の救済の物語なんですよね。
しかし弁慶は皮肉なことに、闘争という形によってしか救済され得ない宿命を持って生まれてきたのでした。それを悟った阿闍梨 は涙します。一方、義経は栄光の道を目前にしながら、やはり闘争の中に迷いの答えを見つけようとしていました。(そして、闘争を拒否する阿闍梨は義経の剣の前に抗うことなく死してゆく。)
物語はこの二人の闘争を軸にして、人が救われるということとはどういうことか?を問うてきます。
最期の決戦で、二人の姿は燃えさかる五条大橋の炎の中へ消えてゆくわけですが・・・果たして、弁慶の、義経の魂はこれで救済されたのでしょうか?二人を包んだのは、浄化の炎なのか地獄の業火なのか・・・。これが簡単な物語とは、私にはどうしても思えません。

以上が私が”映画を観る”ということなのです。
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石井聰瓦監督
浅野忠信
永瀬正敏
X−MEN
DNA異常によりミュータントとが次々と生まれる近未来。迫害された彼らは、旧人類との共存を願う者達と、旧人類の一掃を企む一派とに別れていた。やがて人類の存亡をかけた戦いがはじまる
cover
まあ、面白かったですね。原作のアメコミをよく知らないので、違和感も感じなかったし。
マイノリティーに対する差別意識というアメリカの持つ問題点の一つを盛り込んで・・・っという辺りはアメリカらしくストレートすぎて違和感ありましたが。このあたり、金子監督のクロスファイアと観比べたりすると、面白いかも。(って、比べるには無理ありすぎか)

出てくる連中はみんな”ミュータント”なわけですが、ミュータントって突然変異でしょ?
なんか人のエネルギー吸っちゃうのやら、手から金属出ちゃうのやら、電気バリバリやら、果てはカエル人間とか・・・いくらなんでもバラエティーありすぎ!(^^;
”サイクロプス”って人は特殊なサングラスを常にしていないと、眼から怪光線があふれ出ちゃって周囲の物をみんな壊しちゃう難儀な人なんですが、この人生まれた時はどうしてたんだろうなぁ。グラサンかけて生まれるわけにもいかないし?(^^;

#ピカード艦長はやっぱりピカード艦長にしか見えないぞ(謎
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ブライアン・シンガー監督
ヒュー・ジャックマン
パトリック・スチュワート
オフィシャル」サイト
スペースカーボーイ
かつて初の宇宙飛行士の栄誉をチンパンジーに奪われたチーム・ダイダロスの4人。40年後、引退した彼らの元に届いた依頼は、旧ソ連のロートル衛星の墜落危機の阻止だった。古すぎる衛星を直せる技術を持つのは、今は年老いたチーム・ダイダロスの4人だけになっていたのだ!
cover
懐かしの政治しちゃう俳優、クリント・イーストウッドの主演監督作品。
宇宙大好きの某有名愛ちゃんサイトのGに連れられて観にいったんですが、これがなかなか面白い。かなりの長尺の映画にもかかわらず、最後まで退屈せずに観れました。いちおうSFなのだけど、SFXのシーンはほとんど頭に残らず人間ドラマばかりが思い返される。そんなSFもアリでしょう。(キネマ旬報で2000年のグランプリに選ばれたけど・・・さすがに、それほどとは思わないかも。まあ佳作点+イーストウッド等お爺さん俳優達に功労点?)

ラストシーンはちょとカッコ良すぎの感もあるけど、粋に泣かせてくれます。そのBGMが「私を月に連れてって(Fly me to the moon) 」。そう、あのエヴァンゲリオンのエンディングテーマにもなったJAZZスタンダードナンバー。わたしゃこれが好きで好きで!カラオケでもよく歌うくらい。様々なカバーバージョンが存在するのが名曲の証。(ヒッキーも歌ってたね)「JAZZに名曲無し。ただ名演あるのみ。」という言葉はこの曲にはあてはまらない?
1954年作品なので、あと数年で著作権が切れるんですが・・・今は歌詞も載せられません。残念。
音楽は映画の半分を占めている・・・なんて思う私は、この選曲に大満足なのだった!
クリント・イーストウッド監督
クリント・イーストウッド
トミー・リー・ジョーンズ
ドナルド・サザーランド
ジェームズ・ガーナー
風を見た少年
超能力を持つ風の民”の末裔アモン。その能力ゆえに独裁者に追われ、いつしか戦いの中に身を投じる決意をするが・・・。

誉めたい!亜季ちゃんが出た作品なので、誉めたい・・・んですが。
これは勘弁してください。とても誉められた内容じゃ無いっす。

もう、いきなり最初のシーンのバック絵(アニメに詳しくないんで本当はなんと呼ぶのか知らないんですが、映画でいうと”マット画”というやつ?)を見て脱力しました。これ、プロの絵なんですか。ってゆうか、これでOK出しちゃうんですか?>監督
TVアニメじゃないんだから・・・もうちょっと真面目にやりましょうよ。あれなら私でも描けます。
ま、それはさておき。脚本演出が良ければそれでもいいんですが・・・ちぐはぐでご都合主義な脚本に、テンポの無い不自然な演出。観てるの辛かったです。
まあ、私は劇場アニメというと宮崎アニメとか他に数本しか知らないんで、こんなものなのかなぁとも思います。でもそれじゃあ寂しいよ。

一説によると、アニメ業界は生き馬の目を抜くような世界で、アニメをよく分かっていない不慣れな監督(まさしくこの場合ですね)と見ると、スタッフその他関係者がいっきに手を抜いてくるんだそうです。スキがあれば安くあげてかすめ取ろうと(それだけお金にならない業界でもあるわけですが)。大森監督、やられたんではないでしょうか。
でも、大森監督自身、アニメを甘くみていたのは間違いないと思います。

実は私、舞台挨拶を見にいったんですが、上映が終わって舞台に上がってくる声優の方々や、原作のCWニコルさんの顔が、可哀想で見ていられなかったです。一生懸命頑張ったんだろうに・・この出来じゃぁねぇ。
子供に見せるモノをなめて作っちゃいけない。つーことですね。

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大森一樹監督
安達祐実
前田亜季
インビジブル
天才科学者ケインは、自らを実験台に透明人間の研究をすすめたが、実験は成功したものの、元に戻ることが出来ない。いつしか彼の性格にも異常が出だし・・・。
coverCGによるSFXは見ごたえあり。
身体が消えたり現れたりするシーンでは、徐々に身体の組織や内臓が出たり消えたりする様がリアルに描かれていて、思わず見入ってしまいます。恐竜やモンスターのCGは見飽きた私も、これはちょっと目を奪われました。
この透明人間の主人公、元々性格が悪いのが透明になった副作用か、ますます性格が歪んでくるという。っというか、性欲や破壊といった本能もむき出しになるって設定なのかな?なのでHぃシーンもちょっとあり。(この監督がHぃシーン好きとの声も)
ま、CGの使い方の巧さだけでも観て損ないでしょう。
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ポール・バーホーベン監督
エリザベス・シュー
ケビン・ベーコン
オフィシャルサイト
エクソシスト ディレクタ ーズ・カット版
少女リーガンは、12歳の誕生日を迎えたその日、突如下劣な言葉を発し狂ったような状態になる。医者にも見離された娘を、両親はイエスズ会の神父へゆだねるが・・・・。
cover歳がバレますが・・・私、リアルタイム世代です。でも、子供だったので内容は良く覚えてなかったりしましたが。とにかく恐かったのは覚えてます。
で、今回、改めて観てみると・・・意外に恐くなかったのね。(^^;
しかし、やはり傑作なのは再確認。とにかく一気に時間を忘れて観させてくれます。全体に漂うなんとも言えない不安感もさすが。邦画で言うと「女優霊」みたいな。
あと、肝心の悪魔が今回はよりはっきり見えましたが、今にして思えばあれは「マイルフィック」ですね。キリスト教の悪魔じゃないです。
さて、今回のディレクターズエディションの目玉である、幻の”逆さ階段降り”。うわっ!これはキました。CGなんか使わなくてもこれほど不気味な描写はできるんですね。このシーンだけでも大満足。(^^
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ウィリアム・フリードキン監督
リンダ・ブレア
バトル・ロワイアル
腐敗し、壊れかけた日本に似た”ある国”は、全体主義によってなんとか崩壊を押さえつけている。ヒステリックな全体主義的道徳の中、ある教育制度がもうけられていた。それは年に一度、中学校の一つのクラスが選ばれ、最後の一人が残るまで殺し合いをさせるという・・・。
cover
この映画、今までの深作作品と同列に観ては評価を誤るのではないでしょうか。
この作品はあくまで主人公の生徒達と同年代の人のための映画なのです。(その意味では15才以下規制になったのは残念なことでした。)監督が生徒達に求めたのも、熟練した大人の演技ではなく、突きぬけたこの年代ならではの表現だったのだと思います。
そうして観ると、生徒達はよく頑張っていました。また、山田さんやbbbさんの存在感と達者さが、それを助けています。
主演の亜季ちゃんは、これはもう亜季ちゃん意外に考えられないと言える役をもらえたと思います。言葉で言ってしまえば、品の良さや、不思議な透明感ってことなんでしょうが・・・。

そういった総てをひっくるめて持って行ってしまったのが北野たけし。
さすが。すっかり”たけしの映画”になちゃってますからね。たけしがいなかったら、この映画は辛くなっていた部分もあったでしょう。

主題はやはり”生きろ”ってことなんでしょうね。若者達をとりまく理不尽である意味不条理なこの(現実の)世界を、ただ生きぬいて欲しいということでしょう。

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深作欣二監督
前田亜季
ビート・たけし