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第五夜

私はかつて熱血バンド野郎であった時代がありまして、その頃に多くの同好の友人を作りました。中でもギタリストのS君は一風変わった青年で、女性のような中性的な風貌と、それに似合わない過激で思いきった性格。毒舌家で天の邪鬼。ギターを弾かせれば理解不可能な旋律を次々に紡ぎ出す、そんな変わった青年でした。
そんな彼を私は面白がったり、ある意味尊敬したりで、向こうはどう思っているのかは知りませんが、大変大切な友人の一人だと思っています。

学校を卒業し、S君ともしだいに疎遠になっても、なぜか友情は変わらず持ちつづけていました。(本当の友人というものは、あまり時間の隔たりは関係ないものですよね。)
数年ほど音信不通になっていた頃でしょうか。ふと、私は無性にS君のことが気になりました。今、どうしているんだろう?話をしてみたいな。そこで私は電話をしてみることを思い立ち、受話器に手をのばそうとしたその瞬間・・・電話のベルが鳴ったのです。のばした手でそのまま受話器をとってみると・・「もしもしぃ。元気ぃ?Sだけどぉ。」S君からでした。聞けば彼もふいに私のことを思い出し、話をしたくなったのだそうです。

数年間音信不通だった友人同士がほぼ同じ瞬間に電話をしようと思いたつ?
考えられないことです。



仮説

「考えられないこと」。オカルト関連の本の事例紹介の最後の方で、決まり文句のように出てくる言葉ですね。でも、”考えられないことは起こらない”というわけでもありませんし、もちろん何か上位の超越者(神様とか?)の思惑や、超常的な法則が働いているわけでもありません。それはただ、そこまでに至る経路に心あたりが無いということを言っているのにすぎません。”考えられない”とはそれ以上でもそれ以下でも無い言葉です。
S君とのことはたしかに不思議ではありますが、その偶然の理由付けにテレキネシスや運命論をあてはめる意味もないかと思います。

もちろん、事前に誰かがそれを予想していたのならば、話は別です。でもそうではなく、後追い的に”それが起こってしまってから”不思議がっても栓無いことです。
ポーカーの手札が配られた最初からロイヤルストレートフラッシュになると事前に予想していたのならば(手品でないかぎり)それはいくら不思議がっても当然でしょうが、”配られてしまってから”それを発見しても、驚きはするでしょうがオカルト的な理由付けは不要なのと同じことです。
ちなみによく考えてみれば、カードが配られる度にそろう他のすべての組みあわせだってて(たとえいわゆる”ブタ”でも)、事前に予測するとなれば天文学的な確率なわけですしね。

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